
「Brain」
2007年9月5日発売の1st mini album「hieroglyph」より。叙情的なメロディーに引き込まれる。クオリティーの高い楽曲に定評のあるDogmaのPVは必見!
-2008-02-13-
| LIVE | 4/25 | 柏ドランカーズスタジアム |
| LIVE | 4/26 | 下北沢MOSAiC |
| LIVE | 4/27 | 名古屋 新栄SONSETSTRIP |
| LIVE | 5/2 | 大阪DROP |
日時は変更になる場合がありますので、詳細は必ず主催者、またはアーティストのホームページ等で確認してください。
どぐま

Dogmaの前身Band「LUST54」として2002年から大阪を中心に勢力的に活動を繰り広げていたHERO、オカKID、KNOCK、 Reoの4人。これにMC担当のVocalを加え5人で活動していたわけだが、2004年2月MCの脱退によりVocal1本で行く決意を固める。この頃から、静と動を織り交ぜながらメロディーを売りにする現在のDogmaの基盤を築き始める。その独特なLIVEパフォーマンスから、周囲に認知されるまでさほど時間は要しなかった。活動範囲を大阪から近畿県内に広げ、月に多いときで9〜10本のLIVEをこなし確実に動員と実力をつけていく。2003年から自らが手がけている主催イベント「Battle of Rock」では第1回目から100人以上の動員を記録し、第3回目では倍の200人以上の人を集めDogmaの名を世に浸透させていったのである。そして同年の8月にGuのuraと出会い、出会って1週間で同じステージに立つという異例の早さで正式加入した。uraの加入で音に厚みを増し、何よりDogmaの独特の雰囲気をさらに増幅させるそのギターフレーズで、Dogmaは周囲をより一層魅了していったのである。又、2004年の12月から販売した3曲入り自主音源は、3ヶ月で1500枚を完売させた。こうして2004年12月16日の第4回目の自主企画イベントで正式に名前を「Dogma」に改名する。この時期からオムニバスにも積極的に参加するようになり、合計5枚のオムニバスを半年間で500枚売り上げる。その他に、テレビ・雑誌などさまざまなメディアからも取り上げられ、2005年7月にはSUMMER CAMP2005に出演を果たす。そしてLIVE映像配信サイト「Bands@id」ではDogmaのLIVE映像が長期に渡りアクセスランキング上位に位置するなどそのパワーは留まることを知らない。そのパワーは国内・国外問わず浸透し、2005 年10月にはアメリカのINSOLENCE・ZEROMINDとJAPAN TOURを共にし交流を深めた。特にZEROMINDのVocalエリックは、Dogmaのライブ中ステージに上がりHalcionをHEROと共に熱唱する程の熱狂振りを見せそのことは2006年10月に2度目の来日を果たした時にツアークルーにDogmaを指名してきたことからも伺える。メンバー全員が常にアンテナを立て周りから刺激を受けようとする姿勢が身を結び、「B.O.R vol.7」ではついに350人を超える動員を記録する。しかし、周りの評価とは対照的に今の自分たちの力に満足しないそのストイックな精神からメンバー同士の話し合いの結果約5ヶ月間の充電期間を決定する。充電期間中メンバー各々がいかに進化したかは活動再開後のLIVEの爆発力・表情・評価、至る所で垣間見れる。決して自分達を見失わず、「Dogma」という名前が表すようにメンバー5人が創造した音を「独断」に信じ、貫き通す姿勢を何よりも大切にしている。それは決して自己満足という意味ではなく、あくまで表現者として失ってはならないカタチを絶対に見失わないように定めた一つの指針である。彼らはこの指針のもと、同じ方向を向いてこれからも進んでいく。2007年10月26日にはMINAMI WHEEL 2007に参戦が決定していて、彼らの今後の飛躍振りは目覚しいものとなることは間違いない。
last update 2008-02-13